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園比屋武御獄
ルノーFT-17は3,000輛以上生産された当時もっとも成功した戦車であり、第一次世界大戦後は各国に輸出され各々の国で最初の戦車部隊を構成して、初期の戦車設計の参考資料となった。
第一次世界大戦から第二次世界大戦の間、各国は来るべき戦争での陸戦を研究し、その想定していた戦場と予算にあった戦車を開発することとなった。敗戦国ドイツも、ヴェルサイユ条約により戦車の開発は禁止されたものの、農業トラクターと称してスウェーデンで戦車の開発、研究を行い、また当時の国際社会の外れ者であるソ連と秘密軍事協力協定を結び、赤軍と一緒にヴォルガ河畔のカザンに戦車開発研究センターを設けた。
第一次世界大戦中から第二次世界大戦直前までに
通販
された戦車は、第一次大戦世界大戦において対歩兵戦闘に機関銃が大いに活躍したことから機関銃を主武装にするものが多く見られた。これは当初、想定された戦場が塹壕戦であったためであるが、第二次世界大戦初期には砲を主武装にした戦車に移行した。
第二次世界大戦中を含め、各国において開発されたものは巡航戦車、歩兵戦車、多砲塔戦車、豆戦車、軽戦車、中戦車、重戦車など多岐にわたった。これは戦車の運用に対する様々な戦術が新たに研究・提案された結果ではあったが、その多くは一長一短があり、最終的には武装・装甲・機動力でバランスの取れた主力戦車(MBT)としてほぼ統一されることとなるのは第二次世界大戦後である。第二次世界大戦では、戦術的に、戦車を中心に、それを支援する
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、砲兵など諸兵科を統合編成された機甲師団がその威力を証明し、戦車は陸戦における主力兵器としての地位を確立する事となった。
なお、用途に応じた戦車として、偵察戦車、指揮戦車、駆逐戦車、火炎放射戦車、対空戦車、架橋戦車、回収戦車、水陸両用戦車、地雷処理戦車、空挺戦車などが存在する。これらの殆どは、既存の戦車の車体や走行装置を流用して製作された。
大戦後の戦車の開発には、東西の冷戦が大きく影響している。双方で主にヨーロッパにおける地上戦を想定した軍備拡張が行われ、その中心である戦車の能力は相手のそれを上回る事が必須条件であった。そのため、ソ連を中心とする東側諸国が新戦車を開発すると、その脅威に対抗すべく米欧の西側諸国も新戦車を開発するというサイクルが繰り返された。その結果、大きく下記の様に世代分類されている。
世代を経るに従って攻守のバランスが最適な一定規模の火力と装甲、機関と走行系、車体規模を備えた現代型の主力戦車へと集約されていった。米ソが直接交戦する事態こそ無かったものの、朝鮮、中東、ベトナムなどでの代理戦争において、双方の戦車が対峙する事となった。
イスラエルとアラブ
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が争った中東戦争ではしばしば大規模な戦車戦が繰り広げられた。特に1973年10月に勃発した第四次中東戦争ではアラブ側・イスラエル側併せてのべ6,000輌の戦車が投入され、複数の西側製戦車(イギリス製センチュリオンとアメリカ製M48 / M60)とソ連製戦車(T-54 / T-55 / T-62)が正規戦を行った。これは第二次世界大戦のクルスク大戦車戦以来の規模となり、以後の戦車開発に戦訓を与えた。
なお、東側諸国がソ連・ロシア製戦車の調達で統一されていたのに対して、西側においても開発費・調達費削減などの目的で競作や共同開発による戦車の共通化が幾度か試みられたが(レオパルド1とAMX-30の競作、MBT-70の共同開発など)、
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の戦術思想の違いや自国への利益誘導などによる仕様要求の不一致からいずれも失敗に終わっており、主砲などの装備レベルでのデファクト・スタンダードに留まっている。
第1世代
M48、T-54/55、61式戦車、センチュリオンなど
90mm砲(西側)、100mm砲(東側)を搭載し、丸型の鋳造砲塔を持つ。基本的に第二次世界大戦時の戦車の後継、発展型がほとんどである。ジャイロ式砲身安定装置により走行中の射撃も可能である。
第2世代
M60、T-62、T-64、レオパルド1、Strv 103、チーフテン、AMX-30など
西側はイギリス製のロイヤル・オードナンスL7などの105mmライフル砲を搭載(チーフテンのみ120mm砲)、東側は115mm滑腔砲を搭載し、より避弾経始に優れた亀甲型形状の鋳造砲塔と、アクティブ投光器による暗視装置を持ち、夜戦能力を得た。対戦車ミサイルが発達し、随伴歩兵による携帯用対戦車兵器を持つ敵歩兵部隊の掃討がより重要となったことは歩兵戦闘車の開発を加速し、戦車部隊と機械化歩兵部隊がともに行動する戦術がより重視されることとなった。実戦で、歩兵部隊の対戦車ミサイルが大きな威力を発揮したことから「
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」(機動を防御力とする考え方)が生まれるなど、戦車の防御力が攻撃力に対し立ち遅れていた時代でもあった。
第2.5世代
T-72、74式戦車、レオパルド1A1、メルカバ、96式戦車など
ソ連の新戦車T-72の登場は西側に脅威を与え、
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開発の起爆剤となった。一方、イスラエル初の国産戦車メルカバは中東戦争の教訓と乗員保護重視の思想を反映した独自の設計と、初陣でT-72を破った事で注目を集めた。
第3世代
M1、チャレンジャー1、レオパルド2、T-80、90式戦車、98式戦車、K1など
西側はドイツのラインメタル社製120mmL44などの滑腔砲を搭載し、複合装甲の導入による平面的なスタイルが特徴。パッシブ型(投光器で光を照射するアクティブ型と違い、敵の発した光を受容する)の暗視装置を持つ。東側は125mm滑腔砲を搭載。車体表面に爆発反応装甲を取り付け、対戦車ミサイルに備えており、複合装甲を装着した物もある。
第3.5世代
ルクレール、レオパルド2A5、M1A2、チャレンジャー2、T-84、T-90、メルカバMk.4、99式戦車など
冷戦終結に伴う軍事的緊張の緩和と軍事費削減、更に重量の限界などで本来なら1990年代にも出現した筈の「第4世代戦車」の開発が困難になっている事により、第3世代戦車のアップグレードによる延命が図られた。モジュール装甲や衛星通信ネットワークによる情報システム(C4I:Command,Control,Communications, Computing. and. Intelligence)の導入など、本来は第4世代に用いられる筈であった技術が採り入れられている。
以前は140mm級の滑腔砲とそれに耐える装甲が次世代の標準として考えられてきたが、前述の通り物理的な限界などにより実現できていない。更に世界情勢や戦術の変化により、主力戦車同士が直接交戦するような状況が減少傾向にある。
一方で非対称戦(ゲリラ戦)への対応やPKFなどに対応するための緊急展開能力(戦術的機動性)の向上など、戦車にこれまで無かった機能が要求されるようになってきており、進化の方向性が以前から変わりつつある。
多くの現代兵器がそうである様に、戦車は最先端の技術を要求される工業製品である。強力なエンジンと走行装置、強靱な装甲板、高い加工精度を要する戦車砲と砲弾、それを正確に操る精密な火器管制用の光学電子機器、そして乗員を護る空調換気装置。こうした数多くの要素の一つでも欠けていれば優秀な戦車は産み出せない。そのため開発はもちろん大量生産には優れた工業力が不可欠であり、必然的に自国で第一級クラスの戦車の開発・生産を行い得るのは、世界有数の工業先進国に限られている。
そのために戦車配備を欲しながらも工業力に乏しい国はそれらの国から戦車を輸入せざるを得ず、同時に戦車生産国は輸出による外貨獲得と共に、生産数を増やす事で量産効果による調達価格の低減を図ろうとする。あるいは企業が輸出専用の車輌開発を行う場合もある。中には、国内の企業が開発した車輌と他国の車輌とを比較検討した結果、他国製の輸入に決まる場合もあれば、逆にイランへの輸出用に開発したものの革命でキャンセルされ、開発企業救済のために本国イギリス陸軍に採用されたチャレンジャーの例もある。一方で日本やイスラエルの様に、防衛上の方針や政治的制約から価格面のリスクを覚悟で輸出入を行わずに国内での生産・使用に限るケースもある。また西側標準となったL7ライフル砲やラインメタル120mm滑腔砲の様に、一部装備のみの輸出入やライセンス生産が行われる事も多い。
逆に戦車の性能は、開発国の工業力を推し量るバロメータであると言え、それが戦争の結果を左右する事もある。第二次世界大戦中、ドイツは同国ならではの優れた機械技術でティーガー、パンターなどの強力な戦車を開発したが、あまりに複雑な構造故に生産性・信頼性は非常に悪く、稼働率が上げられず能力相応の戦果を得る事がなかなか出来なかった。対するアメリカは、得意の大量生産技術を生かして、M4シャーマンの様にシンプルで個々の性能では劣るが生産性・信頼性の高い車輌を大量に生産し、物量でドイツ軍戦車を圧倒する事で連合国の勝利に大きく貢献したのである。
近年は冷戦終結による軍事費削減や戦車の世代交代停滞による技術の普遍化、経済のグローバル化などに伴い、ますます国内外問わずコストパフォーマンスの高い製品が優先されるようになり、また中古・余剰車輌の輸出入や武装・装甲などのアップデートキットの開発なども盛んになっている。戦車の車体や走行装置などを派生車輌に使用する例は前述のように昔からよくみられたが、近年ではそれをさらに推し進め、開発の時点でファミリー化やモジュール化によりコンポーネント共用を極限まで高め、生産コストを抑えると共にセットでの売り込みを図る例も見られる。加えて装輪装甲車が不整地走破能力などの性能向上や市街戦の増加などで戦車などの装軌式車輌の一部を置換する動きがあり、戦車・装甲車共に第三世界諸国を中心に新規メーカーも多く参入するなど、従来の戦車製造国・企業にとって状況は厳しい物となっている。