沖縄旅行で人気の観光地

infomation

弁財天堂

走行装置:戦車は無限軌道(履帯、商標名でキャタピラ)で走行する。起動輪と誘導輪があるのは共通だが、転輪には様々な形が存在する。普通は一列に並べてあるが、かつてのドイツ重戦車の場合、転輪が千鳥型に二重になっていたり、三重に並べたり、荷重を分散するようにしていた。ただし保守が困難な上、手間の割に効果的とは言えなかったため第二次世界大戦後は、そのような形式は採用されていない。転輪には騒音と振動を軽減する目的で周辺にゴム製のソリッドタイヤを装着するが、ゴム資源が不足していた第二次世界大戦中のドイツ・ソ連では、転輪内部や車軸にゴムを内蔵したり、やむを得ず全くゴムを用いない鋼製転輪を使用する場合もあった(イスラエルの戦車は砂漠でゴムタイヤの破損が激しい為に一部に完全鋼製転輪を使用している)。 主砲:1970年代末以降の主力戦車では120mmクラスの滑腔砲が採用されることが多い。加えて射撃統制に環境センサーとコンピュータの組み合わせを用いることで、あらゆる条件下での精密射撃を可能にしている。射撃時の反動を抑えると共に、砲身後退量を抑えて砲塔を小さく済ませるため、油圧により反動を吸収する駐退器が備えられている。以前は砲口にマズルブレーキを装備した物が多かったが、APFSDS弾の装弾筒が引っかかるため最近の車輌では見られない。先端近くに砲身の歪みをレーザー計測する反射体が取り付けられているものが多い。また中東・アフリカなどの高温地域で運用される車輌には、主砲身に熱による歪みを防ぐサーマル・ジャケット(遮熱カバー)の装着が見られる。 サスペンション:初めて実戦投入されたMk.I戦車にはサスペンションは存在しなかったが、その後におけるサスペンション形式はさまざまで、スプリングの種類も、リーフスプリング、コイルスプリング、渦巻きスプリング、クリスティー式(コイルスプリングと大型転輪の組み合わせ)、横置きトーションバー、縦置きトーションバーなどがある。現用戦車では主に横置きトーションバーが採用されている。スウェーデンのStrv.103は前後左右の油圧を変える事で車体の角度を変えられる油気圧(ハイドロニューマチック)式サスペンションを史上初めて実用装備した。陸上自衛隊の74式戦車も同様の油気圧式サスペンションを採用しているが、この機能は地形を利用した待ち伏せ砲撃に有利であり、専守防衛を旨とする両国の防衛策に適していたと言える。また、90式戦車や韓国のK1は横置きトーションバー式と油気圧式を混合装備している。いくらエンジン出力の大きな車両でも、サスペンションの性能が悪ければ車体や乗員の負担が大きくなり十分な機動性は発揮できず、逆にエンジンが非力であっても、サスペンションの改良により機動性を向上させる事が可能である。 発煙弾発射機(スモーク・ディスチャージャー):多くの戦車で見られ、防御戦闘時に敵の視界を遮ったり、随伴歩兵の進撃を支援したり、ミサイル防御に用いられたりと用途は様々である。一部の車輌には、エンジン排気に燃料を吹き付けて煙幕を発生させる機構を装備する物もある。 砲塔:第一次世界大戦で登場した極初期の戦車は、車体に火砲を直接搭載したり車体左右の張り出しに搭載していたが、第一次世界大戦末期にフランスで開発されたルノーFT戦車が、車体上部に360度旋回する砲塔を世界で最初に搭載した。死角を減らしたこの設計思想を持つ同戦車は、それ以降のほとんどの近代戦車の原型となった。第二次世界大戦に入るまでは複数の砲塔を持つ多砲塔戦車もあったが、非効率性や高コストが明らかとなり、360度旋廻可能な砲塔一基を持つものが主流となった。砲塔前部には主砲が装備され、後部は弾薬庫として使用されることも多い。砲塔内には車長、砲撃手、装填手の座席があることが多い。第二次世界大戦前半までは全てを車長一人が行うものや二人で行うものも存在したが、車長が戦闘指揮に専念できる三人用砲搭が一般化した。車体同様リベット留めの問題があり、現在では溶接式か鋳造式が用いられている。戦車の中で最も被弾率の高い部位であり、なるべく形状を低く抑える事が望ましいが、T-62ではそのために主砲の俯角がほとんど取れず、中東戦争では地形を利用した伏せ撃ち射撃ができず却って撃破されてしまった事例がある。 エンジン:通常は被弾による損傷を防ぐために車体後部にあり、現在では多くの戦車がディーゼルエンジンを搭載する。ヘリコプターのものから発展した加速性に優れるガスタービンエンジン装備の戦車もあるが、燃費が非常に悪い上に技術的ハードルも高い。かつてはガソリンエンジンが使われることも多かったが、被弾時に引火・爆発しやすいため、第二次世界大戦後は次第に使われなくなった(ディーゼルエンジンもガソリンに比べると軽油は引火性が低いというだけで、被弾時に引火・爆発しない訳ではない)。戦車用エンジンは開発が難しいため、第二次世界大戦時には航空機用エンジンをデチューンした物で代替することもあった。大戦中の戦車の多くは外国為替 のエンジンからドライブシャフトで前部の変速機に動力伝達する前輪駆動であったが、戦後はエンジンと変速機が直結した後輪駆動が主流となっている。一方でイスラエルのメルカバやスウェーデンのStrv.103の様に、乗員保護を優先してあえてエンジン・変速機を車体前方に配して装甲の一部としている例もある。西側の戦後戦車の多くは、現場でエンジンデッキを開放してエンジンや変速機を迅速交換できるパワーパック構造になっているが、東側戦車はそうした配慮は行われていない。 キューポラ(司令塔):車長や装填手の外部視認用に砲塔上面に設けられた円筒の突起。防弾ガラスごしに直接覗くタイプや、ペリスコープで間接的に見るタイプ等がある。物によっては機関銃が装備してあり、同軸機銃や車体前部の機銃と共に、周囲の歩兵に対する攻撃や対空用として使用される。特にイスラエル軍では対人用として機銃が増設されることが多く、反面少しでも車高を抑えるためキューポラを装備しなかったメルカバのような例もある。また同軍では直接目視による外部状況確認を徹底しており、メルカバ、マガフ、ショットでは車長用ハッチを僅かに持ち上げて眼部以外の暴露を避けた視察が可能な機構が組み込まれている。 同軸機銃:主砲の横に並べる形で装備される機関銃で、非装甲の敵歩兵や敵火点(機関銃などを備えた陣地)への掃射に用いられる。この同軸機銃を、主砲発射に先んじて射撃しその着弾を見て照準する、スポッティングライフルとしての利用が考慮されている場合もある。 車体:強固な装甲で守られている。初期の戦車においては当時の溶接技術が低かったため、装甲板がリベット留めされた車体が大半であった。しかし、被弾時に千切れたリベットが車内を跳ね回り、乗員が死傷する事故が相次いだ。また、近くでの爆発による衝撃波にももろく、装甲板がバラバラになることもあった。第二次大戦前のフランス戦車には分割された溶接車体をボルトで接合した物もあったが、貫通しなくても被弾の衝撃でボルトが折損し装甲が脱落することがあった。そのため点ではなく線で接合される溶接式か一体鋳造式、または鋳造部品の溶接接合で製造されるようになった。現代の主力戦闘戦車においては、複数の装甲材をサンドウィッチ状に重ね、防御力の向上を狙った複合装甲が主流である。これは車体や砲塔の前面等の主要部に用いられるが重量があり、1990年代以降の主力戦闘戦車の総重量は50-70t 程度であることが多く、これに対して1000-1500馬力級のエンジンで機動性を確保している。 操縦席:車体前部にあり、普通の自動車同様、アクセル・ブレーキ・クラッチで操縦する。車体の操行は左右のレバーを引く古い方式(乾式クラッチ式からシンクロメッシュ方式まで様々)と、自動車やバイクのようなハンドルを用いる外国為替証拠金取引 式がある。戦闘中の視界は、かつては小さな覗視孔付きの小窓から直接覗くしかなかったが、その後ペリスコープや最近ではTVカメラによる間接視認法が用いられている。 弾薬庫:初期の戦車では砲弾は車体側面・砲塔後部・床下・砲塔バスケット周囲など、詰め込めるだけ詰め込まれ、被弾時の砲弾の誘爆に関してあまり考慮されていなかったが、第二次世界大戦時のM4中戦車は誘爆が問題となり、ウェット(湿式)弾薬庫を採用した。しかし、誘爆を根絶するには至らなかった。現代の西側戦車は砲塔後部に砲弾を格納することが多いが、これは被弾によって内部の弾薬が誘爆した際に爆圧で上面の装甲が比較的早期に吹き飛ぶことで内部への被害を最小にするように開発された「ブローオフパネル方式」になっていて、弾薬庫と戦闘室とは隔壁で仕切られ、1発の砲弾装填ごとに小さなドアが開け閉めされるものが多い。ソ連戦車は自動装填装置が装填し易い様に砲弾を砲塔基部を取り囲むように配置しているが、被弾時の誘爆で被害が拡大する場合が多く、チョールヌィイ・オリョールのように西側同様の方式に改造された試作車もある。